心肺運動負荷試験から考える運動処方の概念①
どうも。
田舎のPT、イナピーです。
今日は、そもそも論ですが、運動処方におけるベーシックなところを、何回かに分けてお話ししようかと思います。
そんなに難しい話は運動生理学者でない私も書けませんが、手元にある資料から提供できる情報をここに起こしてみようと思います。
”有酸素運動ってなんですか?” ”運動ってなんでやらなきゃいけないんですか?”
こういった質問は、患者さんからよくされる質問かと思います。
このような質問に対して、目的別に正しい情報を患者さんに提供する責務が僕らにはあると思います。
一般には、最大負荷の4-6割の運動強度で、最低でも1日30分以上の運動を週に3-4日やると体力がつきますよ、脂肪を燃やして痩せることができますよ、などなど様々な目安があるかと思います。
このような一般論に対して、監視を要するような心疾患を有する患者を対象に、運動強度や運動様式などテーラードに処方するのが、外来心臓リハビリにおける運動療法の真骨頂かと思うのです。
一般的な話はネットで誰でも手に入る時代において、ヘルスリテラシーの高い患者が要求する水準は医療従事者から見ても高いものだと思います。
そこで不信感を抱かれないためにも、生理学的観点から現象を捉えられることは、ラポール形成をはかる上でも大切なポイントではないでしょうか。
まずは有酸素運動を実施するために必要な運動強度の話です。
有酸素運動における運動強度は、エネルギー消費量と密接に関連することが言われています。
酸素摂取量(VO2:oxygen consumption) 1Lあたり、およそ5kcalの消費量と同等である事が確認されてます。
なので、処方した運動強度がVO2 換算からどれくらいのエネルギー消費量になるかは、1METs=3.5ml/kg/minから算出する事ができます。
METsに関しては、2013年に厚生労働省が「健康づくりのための身体活動基準2013」という記事を無料でネット上で公開していますので、そちらで誰でも簡便に知る事ができます。
http://www.jmp.co.jp/eiyo/diary/diary2014_20140114.pdf
何も疾患がなくて、単純に減量したい人にとってはこの強度設定は簡単です。
ですが、一般の人にとって理想的な負荷となるはずの運動処方が、高齢者や低体力、疾患を有する人の場合は勝手が違います。
ではその運動処方を安全かつ最大限効果的に設定するためには、有酸素運動から無酸素運動に切り替わるポイント、AT pointを把握する必要があります。
これは、主に心肺運動負荷試験(CPX:cardiopulmonary exercise test)を実施することで調べる事が出来ます。
CPXは運動処方のgold standardとされており、診断法としての運動試験と、機能的限界の決定としての運動試験の2面を有します。
前者は労作性狭心症の診断など、後者はpeak VO2の算出などです。
CPXでは、換気と血中乳酸濃度の変化が始まる閾値から運動強度が決定されます。
今回のシリーズでは、運動様式で漸増負荷と定常負荷の2種類が話に出てきます。
なので、便宜上漸増負荷をInc Ex(incremental exercise)、定常負荷をSE(steady-state exercise)と表記します。
結論から言うと、Inc Exで得られるAT pointは、血中乳酸濃度が増加して換気が亢進し始めるポイントです。
この、Inc Exから得られるAT pointをちょっとでも超えた負荷の運動処方は、SEにおいては予想より高負荷となってしまいます。
Inc Exで目安とした運動強度は、SEへと運動様を変えると結果が異なるんです。
これにはAT pointを超えた時のVO2 kineticsの特徴が原因となるんですが、またの機会に説明します。
Inc Exを開始して間もない軽負荷の段階では、仕事量に対して活動筋が要求する酸素量:酸素需要 を全て満たす酸素供給量の維持が可能です。
この運動強度でのエネルギー代謝は、主にO2を使用する有気的代謝が担っています。
グルコース→ピルビン酸→アセチルCoAへ分解が進み、ミトコンドリアにおけるTCA回路から電子伝達系、酸化的リン酸化へと進み、最後にH2OやCO2へと分解する際に大量のATPを産生します。
無気的代謝ではグルコース1mmolに対して産生されるATPは2つです。
それに対して、有気的代謝で産生されるATPは38となっており、いかに低燃費なのかがわかります。
この時には、解糖系で産生されるピルビン酸のほとんどが有機的代謝へと回されるので、無気的代謝で登場する乳酸へはほとんど代謝されません。
よって、血中のpHは安静時からほとんど傾く事がありません。
酸素需要を容易に満たすだけの供給ができるので、VO2も定常状態を得ることができます。
この反応を利用したものが、一段階負荷試験です。
しかし、負荷が漸増していくと、上記のエネルギー代謝の割合が変化し、解糖系に依存する割合が増えてきます。
すると、血中乳酸濃度が増加し、乳酸を代謝する過程でCO2産生量が増えます。
単純に、単位時間あたりの酸素摂取量を増やして、速度を上げられればいいのですが
あいにくVO2の傾きはほとんど変化せず、直線的な増加に留まります。
なので、エネルギー産生を無気的代謝に頼り始めると、副産物として酸性物質が多くなるのです。
結果としてpHが減少し酸性へ傾きます。
このポイントがAT pointで、特徴は
「乳酸濃度 ↑↑」「VE・CO2 ↑↑」「pH ↓↓」
となっています。
乳酸の増加はさらにpHを酸性に傾けるので、この代謝性アシドーシスを打つ消すために重炭酸イオンによってバッファ(緩衝)され、結果CO2産生スピードが上昇します。
だからCPXの解析におけるV-slope法においてVO2よりもVCO2の傾きが大きくなるんですね。
上記の図は便宜上直線で表していますが、VEとVCO2は傾きの変化が同等なので、AT pointにおけるVE/VCO2の傾きは変わらずに、VE/VO2だけが上昇していきます。
この3つのパラメーターの動きが理解できれば、CPXの解析はもちろん、心臓リハビリ指導士試験に出題される9パネルの問題の回答もだいぶ楽チンになると思います。
最後に、運動開始からAT pointに至るまでの領域をlight-moderate intensity、
AT pointより強度の高い領域をmoderate-high inteinsityとします。
この境界にあたる強度でSEを処方すると、50-60%peakVO2の負荷へ到達すると予想されます。
別の表現をすると、60-70%peakHRへ到達することが予想される、とも言えます。
[参考文献]
大変だ、長くなりすぎてしまいました。。。
RC pointの話は次回に回します。
今日はここまで。
ではでは。